【薬剤師国家試験 第105回 問103】ポテンシャルエネルギー図に学ぶ、求核置換反応
今回は、ハロゲン化アルキルを用いた求核置換反応について、ポテンシャルエネルギー図を見ながら考える問題です。
図の横軸は反応の進行を、縦軸は自由エネルギーの変化を示しています。
まずは、求核置換反応の反応形式を見ていきましょう。
このような反応は、大きく2つのタイプに分類されます。
その2つとは、求核剤の攻撃と同時に脱離基が抜けていく「SN2反応」と、脱離基が脱離した後で求核剤が攻撃する「SN1反応」です。
まずは、SN2反応について説明します。
模式的な反応式で表すと、次のようになります。
なお、円の図形は、水素原子や種々の置換基を示しています。
SN2反応の「2」は、この二分子の濃度が反応速度に影響することを意味しています。
なお、ハロゲン化アルキルを用いたSN2反応の反応速度は、下記の式で表されます(kは反応速度定数)。
反応速度 = k [ハロゲン化アルキル] [求核剤]
続いて、SN1反応について説明します。
先ほどと同様に模式的な反応式で表すと、次のようになります。
まず、臭化物イオンが脱離し、不安定なカルボカチオン中間体が生じます。
その後で、その中間体に求核剤が攻撃します。
SN1反応は、最初のハロゲン化物イオンが脱離する段階が反応速度に影響します。
いわゆる律速段階ですね。
SN1反応の「1」は、この一分子(ハロゲン化アルキル)のみが律速段階に関与していることを意味しています。
ハロゲン化アルキルを用いたSN1反応の反応速度は、下記の式で表されます(kは反応速度定数)。
反応速度 = k [ハロゲン化アルキル]
この式が示すように、求核剤の濃度は反応速度に関与しません。
ハロゲン化物イオンの脱離さえ起これば、生じた不安定なカルボカチオン中間体が、すぐに求核剤と反応してくれるわけです。
また、SN2反応とSN1反応の反応式を見比べてみると、SN2反応は1段階、SN1反応は2段階の反応であることが分かると思います。
このこともポイントの一つです。
さて、問題に示されているポテンシャルエネルギー図を確認していきましょう。
どちらがSN2反応で、どちらがSN1反応の図なのでしょうか?
まずは図Aを見てみましょう。
図Aの反応には、極大点aが存在します。
この極大点aは、ある反応の1段階において最大のエネルギー値をもった「遷移状態」です。
図Aにおいて、遷移状態はこの1つだけであり、こちらは1段階の反応であることが分かります。
1段階の反応はSN2反応でしたよね。
というわけで、図Aの反応はSN2反応です。
一方、図Bの反応は、1つ目の遷移状態を経由した後で、安定した極小に達しています(極少点b)。
極小点は、中間体が生成していることを示しています。
SN1反応では、カルボカチオン中間体を生じるという話でした。
したがって、図Bの反応はSN1反応です。
ポテンシャルエネルギー図の詳細が分かったところで、選択肢の記述を見ていきましょう。
【1】×
反応物がもつ自由エネルギーと、生成物がもつ自由エネルギーに着目しましょう。
生成物のほうが低い自由エネルギーをもつ場合は、発エルゴン反応です。
逆に、生成物のほうが高い自由エネルギーをもつ場合は、吸エルゴン反応です。
下図の左側が発エルゴン反応、右側が吸エルゴン反応です。
図Aの反応は発エルゴン反応なので、選択肢の記述は間違いです。
【2】×
二分子反応とは、例えば、2つの反応物が1段階で相互作用するメカニズムの反応のことをいいます(最も簡単な例です)。
ちなみに、今回の反応は求核置換反応なので、とくに『二分子求核置換反応(biomolecular nucleophilic substitution)』と言います。
じつは、これをSN2反応と呼んでいます(substitution(置換)、nucleophilic(求核的)、2 → bimoecular(二分子))。
Bの反応はSN1反応なので、二分子反応ではありません。
したがって、この選択肢の記述は間違いです。
SN1反応は、ただ一つの分子(ハロゲン化アルキル)が律速段階である『一分子求核置換反応(unimolecular nucleophilic substitution)』のことです。
【3】○
SN2反応では、ハロゲン化アルキルの置換基の嵩高さの影響を受けて、求核剤が接近しづらくなります。
その様子を下図に示しました。
立体障害の影響により遷移状態のエネルギーが高くなり、出発物質とのエネルギー差である「活性化エネルギー(エネルギーI)」も高くなります。
これは、SN2反応が進行するために超えなくてはならないエネルギーの障壁が高くなることを意味します。
以上のことから、選択肢3の記述は正しいです。
【4】×
選択肢2の解説で述べたとおり、律速段階は臭化物イオンの脱離の段階です。
図Bで考えると、スタートからbに至るまでの段階が律速段階です。
そのため、この選択肢の記述は間違いです。
bからcの段階は、不安定なカルボカチオンに求核剤が反応するだけなので、最初の段階と比べるとエネルギーを必要としません。
下図のエネルギーIIとエネルギーIIIを比較してみましょう。
【5】×
2-ブロモブタンの構造を書き出してみると、確かに不斉炭素原子をもっており、キラルな化合物であることが分かります。
この一方のエナンチオマー、例えばR体が反応したとすると、Aの反応(SN2反応)において、極大値aでは下図のような遷移状態aをとり、生成物の炭素原子の立体配置は反転します(Walden反転)。
1段階の反応の間で、求核剤が脱離基とは反対側から炭素原子に接近し、置換するためです。
ラセミ体は生成しないため、この選択肢の記述は間違いです。
なお、選択肢の「ラセミ混合物」という用語は、「ラセミ体」と同じ意味で用いられています。
前回の記事(第105回 問102)でも説明しましたが、結晶化しているラセミ体について考える際には、「ラセミ混合物」という用語は特別な意味をもちます。
よく一緒に用いられる「ラセミ化合物」とともに、その意味を載せておきます。
各々のエナンチオマーをR体、S体として説明します。
ラセミ混合物……R体はR体だけで、S体はS体だけで個々に結晶をつくる
ラセミ化合物……単位格子中にR体とS体が1対1の割合で存在する
今回の問題のように、結晶化している化合物を指しているのかどうか不明なさいには、混乱を避けるために、私は「ラセミ体」という用語を使うようにしています。
さて、SN1反応の場合は、ハロゲン化アルキルの立体配置はどうなるでしょうか?
(R)-2-ブロモブタンを反応物として、仮にSN1反応が起こった場合を想定しましょう。
SN1反応は2段階の反応であり、下図のように中間体として平面構造をもつカルボンカチオンが生じます。
このカルボカチオン中間体の両側から求核剤が反応するため、ラセミ体が生成します。
以上のことから、この問題の正解は【3】でした。
SN1反応とSN2反応の特徴を、ポテンシャルエネルギー図とともに、復習しておきましょう。
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問題の出典: 厚生労働省ホームページ
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198922.html)
【薬剤師国家試験 第105回 問102】合成問題の攻略法とは
今回は、合成経路の問題を解いていきましょう。
アルケンAへの付加反応が2通り書かれています。
選択肢を見てみると、反応の形式や生成物の立体化学について考える必要があることが分かります。
こういった合成経路が示された問題を解くさいには、一つ一つの段階で何が起こって何が生成するのかを考えていくことが、ミスなく正解にたどり着けるコツです。
丸暗記に頼らず、反応機構をしっかりと書けるようにしておきましょう。
まずは問題の上側の合成経路について解説します。
アルケンAから中間体Bを経由し、アルコールCができる反応です。
アルケンをBH3(ボラン)と反応させてから、塩基性条件下でH2O2(過酸化水素)と反応させる一連の流れは、ヒドロホウ素化(ハイドロボレーション)からの酸化反応ですよね。
アルケンからアルコールを合成する方法で、いわゆる逆Markovnikov型付加の反応です。
下に、BH3を使う段階の反応機構を示しました。
この段階には、重要な点が2つあります。
まず1つ目のポイントは、アルケンAとBH3の反応は、一段階のシン付加で進行するということです。
遷移状態Ⅰの図は平面的に書いてありますが、実際はボランが紙面の手前側から反応するパターンと、向こう側から反応するパターンの2種類があります。
その割合は1:1です。
そのようにして反応が進行した結果、生成するBは、B-1とB-2の2種類の立体異性体が1:1の比率で混ざり合っているものになります。
B-1とB-2は、互いにエナンチオマー(鏡像異性体)の関係にあるため、特別な手法を用いない限り分離することができません。
もう1つのポイントは、この反応の位置選択性についてです。
なぜ逆Markovnikov型付加するのでしょうか?
要因の一つとして、立体障害の影響があります。
遷移状態IIのように、アルケンAのメチル基と、BH3のホウ素原子側が近づいてしまうと、立体的に混み合ってしまいます。
そのため、遷移状態IIではなく、遷移状態Iが優先され、位置選択的な反応が起こるというわけです。
なお、ヒドロホウ素化は、同様の反応が最大2回(計3回)、起こり得ます。
中間体B-1とB-2を見れば分かるように、生成物には水素原子が結合したホウ素原子の構造(B–H)が残っているため、さらにヒドロホウ素化が起こる可能性があるのです。
これは、必ず計3回起こるわけではありません。
立体的に空いているアルケンであれば、最大で計3回起こるというだけで、実際に何回起こるのかはアルケンの嵩高さによります。
例えば、次に示すアルケンは立体的に混み合っていて、ヒドロホウ素化が1回や2回で止まることが分かっています。
次に、H2O2を使う段階について解説します。
下図には、一方のエナンチオマーであるB-1を用いて反応機構の詳細を記載しました。
アルケンAを反応物とした場合、計何回ヒドロホウ素化が起こっているのかは不明なので、不明な部分の構造は省略して書いてあります(B-1')。
塩基性条件下、脱プロトン化された過酸化水素がB-1'と反応すると、下記のような転位反応が起こります。
その後、塩基性条件下での加水分解が起こり、アルコールC-1が生成します。
B-2はB-1のエナンチオマーなので、もちろん同様のメカニズムで、反応が進行します。
下図の最下段に示したように、B-2からは対応する立体配置をもつC-2が生成します。
生成物Cは、これらC-1とC-2が1:1の比率で混じり合っているラセミ体です。
この1:1という比率は、上で述べたように、BH3がアルケンAの手前側と向こう側から1:1の割合で接近したことに起因しています。
続いて、問題の下側に書いてある合成経路を見てみましょう。
酸性水溶液中で加熱する条件ですね。
硫酸は強い酸であるため、まずはプロトンが反応することを考えましょう。
プロトンは、アルケンAの二重結合に付加します。
二重結合を形成している炭素原子のどちらに水素原子が結合するのか、ここでも位置選択性が問われています。
カルボカチオンが生じるため、このカルボカチオン中間体が安定化するほうが優先的に生成します。
第三級と第二級のカルボカチオンなので、安定性が高いのは第三級のほうです。
つまり、この反応ではMarkovnikov型付加が起こっています。
この中間体が水分子と反応すると、第三級アルコールDが生成します。
それでは、以上のことを踏まえて選択肢を見ていきましょう。
【1】×
上で述べたように、ヒドロホウ素化はsyn付加です。
【2】○
(過酸化水素の酸素の酸化数= −1 → 水酸化物イオンの酸素の酸化数= −2)
逆に、アルケンAは酸化されたことになるため、酸化反応です。
【3】○
上で述べたようにアルコールCは、C-1とC-2が1:1の割合で混ざっているラセミ体です。
選択肢の「ラセミ混合物」という用語は「ラセミ体」と同じ意味で用いられています。
ちなみに、結晶化しているラセミ体について考えるさいには、「ラセミ混合物」という用語は特別な意味をもちます。
よく一緒に用いられる「ラセミ化合物」とともに、その意味を載せておきます。
各々のエナンチオマーをR体、S体として説明します。
ラセミ混合物……R体はR体だけで、S体はS体だけで個々に結晶をつくる
ラセミ化合物……単位格子中にR体とS体が1対1の割合で存在する
今回の問題のように、結晶化している化合物を指しているのかどうか不明なさいには、混乱を避けるために、私は「ラセミ体」という用語を使うようにしています。
【4】×
アルコールCとDがもつ水酸基(もしくはメチル基)は、結合している炭素原子が異なります。
このように、分子式は同じだけど置換基の位置が異なっていたり、他にも骨格や官能基が異なっていたりする異性体は、「構造異性体」に分類されるためジアステレオマーではありません。
ジアステレオマーやエナンチオマーは、分子式が同じだけど、分子内の原子の空間的な配列だけが異なる「立体異性体」に分類されます。
【5】×
アルコールDはメソ体ではありません。
メソ体とは、不斉炭素原子などのキラル中心(PやSiも含む)をもつにもかかわらず、分子内に対称面があるため、アキラルな化合物のことです。
有名な例だと、次に示す右端の酒石酸がメソ体ですね。
2つの不斉炭素原子をもつにもかかわらず、分子内に対称面をもつため、アキラルな化合物になるのです。
アルコールDは、メソ体と同様にアキラルな化合物であることは間違いないのですが、そもそも不斉炭素原子がないのでメソ体ではありません。
不斉炭素原子がないことを見抜き、すぐにこの記述が間違いだと気づけるようにしましょう。
というわけで、正解は【2】と【3】でした。
合成経路の問題は、時間が掛かってしまうかもしれませんが、できるだけ詳細まで反応機構や化合物の立体配置を書き出して考えたほうが正解につながります。
選択肢を読んで必要なところだけを考えて解くと、思わぬ見落としによって、失点してしまうかもしれません。
しっかりと書き出して、何が起こっているのか、その結果、何ができるのかを詳細まで明らかにしましょう。
他にも、過去にヒドロホウ素化を扱った問題が出題されているので、ぜひ解いてみてくださいね。
chemist-programming.hatenablog.jp
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【薬剤師国家試験 第105回 問9】キラルなのかアキラルなのか間違えない方法
これら5つの立体異性体が、キラルなのかアキラルなのかを判定する必要があります。
次の図に示したように、分子内の対称面を見つけて判断するのが一般的な解き方かと思います。
赤色もしくは青色で示した直線が対称面を示しています。
このように、立体異性体1〜3、そして5は対称面をもっています。
立体異性体4については下の図に示しました。
この4だけは対称面をもっておらず、鏡に映した関係である鏡像異性体4'が存在します。
これら2つの立体異性体は重なり合わないため、4はキラルな化合物というわけです。
したがって、この問題の正解は4番です。
以上のように、対称面を見つけると、簡単に問題を解くことができます。
ただし、この問題で与えられた構造は、シクロヘキサン環の各炭素に置換基が一つずつ付いている、とても分かりやすい構造だったため、容易に対称面を見つけられたと言えるでしょう。
環状の化合物が平面的に描かれている場合、対称面があるのか、ないのか判断しやすいですよね。
例えば他にも、次のような5員環の化合物の場合も、対称面を見つけるのは簡単です。
cis-1,2-ジメチルシクロペンタン(上の化合物)は対称面をもつため、アキラルな化合物ですが、trans-1,2-ジメチルシクロペンタン(下の化合物)は対称面をもたないため、キラルな化合物です。
というわけで、鎖状の化合物や、さらに難解な構造をもつ化合物(分子不斉など)が出題されたときに備えて、次のような方法の練習をしておくことをお勧めします。
その方法とは、先ほどから立体異性体4やtrans-1,2-ジメチルシクロペンタンで行なっているように、まずは鏡に映した構造を書き出し、それを元々の構造と比較するという作業を、アキラルな化合物に対しても行なうというものです。
つまり、問題の選択肢として与えられている全ての構造に、この作業を行なうわけです。
このさい、両者が重なり合ったら、同じ化合物なのでアキラルです。
重なり合わなかったら、異なる化合物なのでキラルというわけです。
この流れで判定していきます。
さて、先ほどの酒石酸を例にして、この作業をしっかりと練習しておきましょう。
与えられた酒石酸の構造をAとして、次の図を用いて説明します。
キラルなのかアキラルなのかを問われたら、鏡に映した構造を書いてみて、元々の構造と比較してみましょう。
繰り返しになりますが、重なり合うならアキラル、重なり合わないならキラルな化合物です。
最初に述べた対称面を探す方法に頼って慣れ切ってしまうと、鎖状タイプの構造が出題されたときに面食らってしまうので、日頃から書き出す方法で練習していきましょう。
慣れてくると、易しい構造であれば書き出さずとも頭の中でイメージできるようになります。
対称面を探す方法は、書き出す方法をしっかりできるようになった上で、試験中の解答時間を短縮するために使うようにしたほうがいいと思います。
これに関連して、不斉炭素原子のR/Sを決定する方法を、不斉炭素原子の基本からじっくり解説した記事を過去に投稿しています。
リンクを貼っておきますので、復習に役立てていただければと思います。
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【大学/薬学部】有機化学ミニ講義 不斉炭素原子③ 〜R配置かS配置か〜
前回の記事(RS表示について)↓
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今回の記事では、薬剤師国家試験の問題にトライします。
第105回の問7です。
不斉炭素原子のRもしくはSを帰属していきましょう。
化合物を命名する問題ですね。
まず、一番長い炭素鎖に番号を振っていきます。
3個なので主鎖はプロパンですね。
官能基は水酸基とメチル基がついたアミノ基があって、優先順位は水酸基の方が高いです。
これは覚えるしかありません。
水酸基の方が優先順位が高いので最後はアルコールの「-ol」で終わります。
5つの選択肢の中に接頭語の「hydroxy」はありませんよね。
また、接尾語の「-amine」ではなく、接頭語の「amino」になります。
アルコールとして考えるので、水酸基が直接結合している炭素原子から、1, 2, 3……と番号を振っていきます。
ご覧のとおり1位と2位の炭素が不斉炭素原子です。
それでは、2位の不斉炭素原子がRなのかSなのか帰属していきましょう。
まずは、不斉炭素原子に直接結合している原子の優先順位を決めていきます。
窒素、炭素、水素、炭素ですので、窒素原子が1番で水素原子が4番です。
次に、2つの炭素原子を比較していきます。
一方が(O, C, H)で、一方が(H, H, H)ですよね。
両者を比較したとき、より原子番号の大きい原子が含まれている置換基の優先順位が高くなります。
したがって、2番と3番は下に示したようになります。
1番→2番→3番と辿っていくと、反時計回りなのでS配置なりますね。
前回の記事で学んだように、時計回りならR配置、反時計回りならS配置です。
続いて、1位の不斉炭素原子について考えます。
こちらも直接結合している原子の優先順位を決めていきましょう。
酸素、炭素、炭素、水素ですので、水酸基が1番で、水素原子が4番です。
2つの炭素原子については、ベンゼン環の炭素が(C, C, C)ですよね。
前回の記事で説明した通り、二重結合で描かれているところは2回カウントします。
もう一方の炭素原子は(N, C, H)です。
先ほどと同様に、より原子番号の大きい原子が含まれている置換基の優先順位が高くなります。
そのため、窒素のある方が優先順位が高くなります。
というわけメチルアミノ基が直接結合している炭素原子が2番で、ベンゼン環の炭素原子が3番です。
4番の(一番優先順位の低い)水素原子が手前側を向いてしまっていますので、向きを描き換えましょう。
4番の水素原子を奥側にして、2番と3番の炭素原子を同一平面上にして描くと、1番の水酸基が手前側を向きます。
描き換えた後で、1番→2番→3番と辿っていきます。
反時計回りなのでS配置ですね。
選択肢に書いてあるように、位置の番号も含めて『(1S,2S)- 』と表記します。
最後に、置換基について考えていきます。
問題の化合物に改めて位置番号を振っておきます。
上図に示したように、1位にフェニル基が、2位にメチルアミノ基があります。
置換基の順番はアルファベット順ですので、メチルアミノ基(methylamino)が前で、フェニル基(phenyl)が後ろにきます。
もちろん、「di-」や「tri-」といった数を表すものがありましたら、それらは考慮しませんのでご注意ください。
というわけで、(1S,2S)- で、2位にメチルアミノ基があって(2-Methylamino)、1位にフェニル基(1-phenyl)があり、主鎖の炭素数が3つのアルコール(propan-1-ol)ですね。
そのように命名されている3番が正解でした。
このように落ち着いて優先順位を決定し、一番優先順位の低いものを紙面の向こう側(奥側)にして、時計回りなのか反時計回りなのかを判断できれば、R配置なのかS配置なのかを導けます。
前回の記事で述べたように、分子模型やAvogadroなどのソフトを使って正四面体構造を何度もイメージしましょう。
そして、この記事で説明したように立体構造を描き直す練習をしましょう。
それができれば、R配置なのかS配置なのかを決定することは怖くなくなります。
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【大学/薬学部】有機化学ミニ講義 不斉炭素原子② 〜R配置かS配置か〜
前回の記事(不斉炭素原子について)↓
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前回は、不斉炭素原子について基本的な事柄を説明しました。
今回は下記の乳酸を例にして、各々のエナンチオマーがRなのかSなのか、その帰属について詳しく説明していきます。
それぞれのエナンチオマーの名前にRやSと表示することによって、いちいち3次元的な構造を描かずとも、どちらのエナンチオマーのことを意味しているのか、その表示だけで世界中の人たちが分かるようになります。
それでは、左側に示した乳酸から見ていきましょう。
あるエナンチオマー(鏡像異性体)がR配置をもつのかS配置をもつのか決める場合、まずは、不斉炭素原子に直接結合している4つの原子の優先順位を決定します。
下に示した、赤色で囲ってある酸素、炭素、炭素、水素です。
原子番号が大きいほど、優先順位が高くなります。
原子番号の順番はH→C→Oなので、優先順位は酸素が1番で、水素が4番ですね。
というわけで、水酸基が1番で、水素原子が4番になります。
残り2つの炭素原子は同じ元素ですので、それらの炭素原子に直接結合している原子をさらに比較していきます。
下に示したように、一方は水素が3つ(H, H, H)で、一方は酸素が3つ(O, O, O)です。
C=Oの部分は二重結合ですので、酸素が2つ分になります。ご注意ください。
酸素のほうが水素よりも原子番号が大きいので、カルボキシル基が2番、メチル基が3番になります。
このとき、直接結合している3つ分の原子を考慮することは重要です。
例えば、水酸基が結合したメチル基とホルミル基を比較する場合、前者は(O, H, H)で、後者は(O, O, H)になります。
酸素が1個だけ多いホルミル基の方が、優先順位が高くなります。
それでは話を戻します。
優先順位がもっとも低いもの、乳酸では水素原子になりますけど、これを画面の向こう側、奥側にして考えます。
このとき一度、下記のように図を描き直すことをお勧めします。
4番目の水素原子を奥側(紙面の向こう側)にして、メチル基とカルボキシル基が同一平面上になるようにすると、水酸基が手前側にきます。
次に、優先順位の1番→2番→3番の順にたどっていきます。
このとき、時計回りだった場合はR配置、反時計回りだった場合はS配置になります。
時計回りなのでR配置です。(R)-乳酸ですね。
「R」はラテン語の右を意味するこの単語(rectus)に由来します。
「S」は左を意味するこの単語(sinister)に由来します。
ちなみに私は、時計回りだったら現実……リアル(Real)の世界なので「R」。
そうでないなら「S」と覚えています。
この一連の作業をなるべく早く行なうことができるようになれば、国家試験の問題も怖くありません。
さて、右側に描かれていたもう1つの乳酸も描き直してみましょう。
その後、やはり優先順位の1番→2番→3番の順にたどっていくと、反時計回りなのでS配置です。
こちらは、(S)-乳酸ですね。
おそらく一番難しいのは、頭の中でこの分子を立体的にとらえて描き直すところですよね。
不斉炭素原子をもつ分子が正四面体の構造であることをしっかりと認識してください。
その手助けとなる方法が2つあって、その1つは分子模型を使うことです。
おそらく大学で購入している学生さんが多いと思います。
分子模型を使ってキラルな分子を組み立てて、ひたすら眺めたり触ったりしましょう。
これを繰り返していると、いやでも立体構造を認識できるようになり、頭で思い浮かべて描き直すことができるようになります。
あとは、『Avogadro』というフリーソフトをパソコンにインストールして使ってみてもいいと思います。
立体的な乳酸を組み立てて回転させることができます。
YouTubeではその様子を載せているので、是非ご覧になって下さい↓
次の記事では、薬剤師国家試験の問題を用いてRS表示の練習をします。
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【大学/薬学部】有機化学ミニ講義 不斉炭素原子① 〜R配置かS配置か〜
本記事から、不斉炭素原子をもつ分子がR配置なのかS配置なのかを決定する方法について解説していきます。
以下の3つの記事に分けて投稿します。
① 不斉炭素原子について
②R配置なのかS配置なのか……その決め方の定義について
③ 第105薬剤師国家試験の問7を解きながらRS表示について解説
今回の記事では、不斉炭素原子とは何か……というところから話していきます。
例として、下に乳酸の構造を示しました。
「不斉炭素原子」とは、簡単に言ってしまえば、直接結合している原子や原子団(原子の集団)が4つとも全て異なる炭素原子のことを言います。
乳酸は、水素原子とメチル基、カルボキシル基、水酸基と……異なる4つの置換基をもっています。
そのため、真ん中にある炭素原子は不斉炭素原子というわけです。
ちなみに、炭素原子からは4つの手が出ていますよね。
これは炭素原子が4つの価電子をもつためです。
上記のメタンで代表されるように、基本的には最大で4つの水素原子や、もしくは乳酸のように様々な置換基(-CH3、-OHなど)と結合することができますよね。
もしこの価電子のことが分からなくなってしまったら、ぜひ以前の記事『有機化学ミニ講義 ルイス構造式』をご覧になってください。
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それでは本題に戻りましょう。
下記は、不斉炭素原子をもつ分子を模式的に表したものです。
4つの円形の部分は、炭素原子がもつ原子や原子団を簡単に現したものです。
4色に塗り分けているのは、全て種類が異なっていることを示しています。
真ん中にある炭素Cが不斉炭素原子です。
平面で描くと、この分子は1種類しかないように見えます。
しかしながら、これを立体的に表現すると話は変わってきます。
炭素原子が単結合を4つ形成しているときは、基本的にAのような正四面体の構造を取ります。
下記の右側に示したBは、Aを鏡に映した関係にある分子です。
AとBは重なり合いません。
右手と左手のような、似ているけど重なり合わない関係にあります。
したがって、この2つは、くっついている4つの置換基の組み合わせは同じですが、異なる分子になります。
平面で考えていたときは分かりませんでしたが、立体的に考えてみると2種類の分子が存在することがよく分かりますよね。
続いて、本当にこの2つが重なり合わないのかを確認してみましょう。
上記の状態で比較してみても分かりづらいですよね。
そこで、鏡に映したBを、例えば赤色の円とピンク色の円がAと揃うように向きを変えてみます。
その後で、あらためてAと比較してみましょう。
青色の円と、緑色の円が逆になっていて重なり合いませんよね。
したがって、AとBは別の分子になるわけです。
次に示したのは、同じものが2つくっついているケースです。
青い円形の部分が同じ置換基であることを意味してます。
この場合、真ん中の炭素原子は不斉炭素原子ではありません。
同じものが2つくっついている場合、Dと、鏡に映した関係にあるEは重なり合います。
Eの向きを変えて、Dと比較してみると、全く同じものになるのが分かりますよね。
同じものが3つくっついている場合も、やはり同じ分子になります。
これまでと同様に鏡に映したGの向きを変えて、Fと比較してみると、同じものであることが分かります。
以上のように、炭素原子に異なる4つのものがくっついている場合のみ、その分子は特別なものになることを説明しました。
平面で描いた状態だと1種類だけなのか2種類あるのかよく分かりませんでした。
しかし、立体的に考えると2種類存在することが分かりましたね。
さて、ここで一度、正四面体を表している立体的な描き方について確認しておきましょう。
直線と、黒く塗り潰されたくさび型の線、くさび型の破線が何を意味するのか、おさらいしておきますね。
下に線をジグザグ状に描いた構造を示しました。
この描き方の場合、炭素原子と水素原子が省略されて描かれています。
端っこにはメチル基(CH3)、端っこ以外にはメチレン基(CH2)が省略されています。
このとき、この炭素鎖は同一平面上にあると考えます。
この炭素鎖は、この画面の上に乗っているわけです。
下記のように黒く塗り潰されたくさび型の線を描くと、この置換基は画面の手前側を向いていることになります。
水酸基(-OH)でもアミノ基(-NH2)でも、なんでも構いません。
ちなみに、何も描かないとメチル基(-CH3)を意味します。
同じくさび型でも次のように破線で描いた場合は、画面の奥側(向こう側)を向いていることを意味します。
それでは今一度、模式的に描いた不斉炭素原子をもつ分子を見てましょう。
一方が先ほどの模式的な分子で、一方はその炭素の元素記号Cを省略したものになります。
炭素のCを省略して、上に示したジグザグ状の構造と描き方を揃えたわけです。
この2つの図を改めて下に並べました。
アミノ基(-NH2)が結合している不斉炭素原子に着目して比較してみましょう。
赤く囲った部分が同一平面上の(画面上に乗っている)線で、青色で囲った部分が手前側、緑色で囲った部分が奥側を意味していますよね。
以上のように、鏡に映したものと重なり合わない分子について説明しました。
このような分子を「キラル」な分子と呼びます。
さらに、鏡に映した関係にある各々の分子のことを「エナンチオマー」もしくは「鏡像異性体」と呼びます。
例えば、『これらの分子はエナンチオマーの関係にある』……と言ったり、『この分子は、この分子のエナンチオマーである』と言ったりします。
そして、各々のエナンチオマーが1:1の割合で混ざっているものは「ラセミ体」と呼びます。
これで今回の話は終わりです。
次の記事では、不斉炭素原子がR配置をもつのかS配置をもつのか……その決め方の定義について解説していきます
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【大学/薬学部】有機化学ミニ講義 共鳴構造式②
前回の記事(共鳴構造式の基本について)↓
chemist-programming.hatenablog.jp
今回は問題を解きながら、共鳴構造式の様々な例を見ていきましょう。
第101回薬剤師国家試験の問8です。
選択肢は、全部で5つあります。
1番のカルボキシラートイオンは、前回の記事で紹介しました。
非共有電子対が省略されて書かれていますが、この状態でも次のように巻矢印を書くことができます。
むしろ、こちらの書き方のほうが頻繁に見かけると思います。
ただ、最初のうちは下記のように非共有電子対を省略しないで、きちんと書くことをオススメしますね。
複雑な化合物になってくると、訳が分からなくなってきてしまいます。
もちろん1番は正しい共鳴構造式です。
続いて、2番の化合物はアセトンです。
非共有電子対を省略せずに巻矢印を書いてみましょう。
二重結合の電子が酸素原子の方に移動し、酸素原子がもつ非共有電子対が1組増えます。
もともと二重結合だったところは単結合になっていますね。
右側から左側の極限構造式に向かう巻矢印は、酸素原子の非共有電子対がCーO結合のところに移動するように書きます。
2番も正しい共鳴構造式です。
次に、3番のカルボカチオンについて考えましょう。
aと記した水素原子が、bと記したところに移動していますね。
結論から言うと、そもそも3番は共鳴構造式ではありません。
前回の記事で勉強したとおり、共鳴構造式は極限構造式を両矢印で関連付けて、真の構造を表現する式でしたよね。
その際、動いているのは電子のみでした。
今一度、酢酸イオンの共鳴構造式を示します。
3番の式は、電子以外のもの、つまり、水素の元素記号Hが(aのところからbのところに)動いてしまっていますよね。
これは共鳴構造式ではなく化学反応を表しています。
2つの構造を両矢印でつなぐのではなく通常の矢印(片矢印)でつなぎます。
共鳴は分子やイオンが変化する(化学)反応ではなく、現象とか状態と言った方が適切です。
電子のみ動いているのが共鳴構造式です。
このことが共鳴構造式なのかどうかを見分けるポイントです。
ぜひ2番の選択肢も見返してみてください。
電子のみが動いていて、炭素や酸素、水素(の元素記号)は動いていません。
というわけで、共鳴構造式として誤っている3番が正解です。
それでは、4番と5番も確認していきましょう。
4番はジアゾメタンという化合物です。
そもそも構造が複雑なので、形式電荷が合っているのかどうか、分かりづらいですね。
ルイス構造式に書き直し、確認しておきましょう。
共鳴構造式とともに、線で書いてある結合を電子(●)に直したルイス構造式を下に示しました。
炭素は原子番号が6番なので、その電子は1s軌道に2コ、2s軌道に2コ、2p軌道に2コ入っており、結合形成に使われる可能性のある電子は1s軌道の電子を除いた4コです。
それでは、炭素原子上の形式電荷が合っているのかを確認していきましょう。
各々の原子同士でシェアしている電子を半々にして数えていきます。
左側のルイス構造式の炭素原子に属する電子は5コなので、元々の価電子よりも1コ多くなっており、マイナスで合っています。
一方で、右側のルイス構造式の炭素原子に属する電子は4コです。
元々の価電子と同じなので形式電荷は0であり、プラスもマイナスも書きません。
形式電荷の確認の仕方が分からなくなったら、私の形式電荷に関する記事で復習していただければと思います。
chemist-programming.hatenablog.jp
続いて、窒素原子上の形式電荷について考えていきます。
窒素の原子番号は7番ですね。
もともとの窒素原子がもつ電子は、1s軌道に2コ、2s軌道に2コ、2p軌道に3コ入っています。
下図のとおり価電子は5コです。
先ほどと同様にして、窒素原子の形式電荷について考えていきましょう。
窒素原子aに属する電子は4コなので元々の価電子よりも1コ少なくなっており、プラスの形式電荷で合っています。
窒素原子bに属する電子は5コなので形式電荷は書きません。
窒素原子dに属する電子は4コなのでプラス、窒素原子fは6コなのでマイナスで間違いはありません。
複雑な構造でしたが、形式電荷に間違いはありませんでしたね。
ちなみに、共鳴構造式の詳細を示す巻矢印は下のように書きます。
非共有電子対と、線で書かれた結合を動かし、左側から右側へ、そして右側から左側へ電子が動く様子を書くことができます。
というわけで、4番の共鳴構造式に間違いはありませんでした。
はい、最後の5番はエノラートですね。
アセトンが脱プロトン化されて生じるエノラートです。
選択肢の共鳴構造式に非共有電子対と巻矢印を書き足すと、次のようになります。
この選択肢も間違いはありません。
4番と5番の共鳴構造式も、やはり各々の元素記号は動かずに電子のみが動いていますよね。
一応、4番と5番の非共有電子対を省略して巻矢印だけ書いた形を次に示しておきますので、ご確認ください。
先ほど述べたように、こちらの方が一般的によく見られる形です。
しかしながら、これも繰り返しになりますが、始めのうちは非共有電子対を省略しないで書くようにした方が正しく理解できると思います。
以上、共鳴構造式のミニ講義を2回に分けて記事にしました。
共鳴構造式に関連した過去の記事のリンクを貼っておきますので、合わせてご覧いただければと思います。
chemist-programming.hatenablog.jp
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問題の出典: 厚生労働省ホームページ
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000117691.html)