【薬剤師国家試験 第105回 問103】ポテンシャルエネルギー図に学ぶ、求核置換反応
今回は、ハロゲン化アルキルを用いた求核置換反応について、ポテンシャルエネルギー図を見ながら考える問題です。
図の横軸は反応の進行を、縦軸は自由エネルギーの変化を示しています。
まずは、求核置換反応の反応形式を見ていきましょう。
このような反応は、大きく2つのタイプに分類されます。
その2つとは、求核剤の攻撃と同時に脱離基が抜けていく「SN2反応」と、脱離基が脱離した後で求核剤が攻撃する「SN1反応」です。
まずは、SN2反応について説明します。
模式的な反応式で表すと、次のようになります。
なお、円の図形は、水素原子や種々の置換基を示しています。
SN2反応の「2」は、この二分子の濃度が反応速度に影響することを意味しています。
なお、ハロゲン化アルキルを用いたSN2反応の反応速度は、下記の式で表されます(kは反応速度定数)。
反応速度 = k [ハロゲン化アルキル] [求核剤]
続いて、SN1反応について説明します。
先ほどと同様に模式的な反応式で表すと、次のようになります。
まず、臭化物イオンが脱離し、不安定なカルボカチオン中間体が生じます。
その後で、その中間体に求核剤が攻撃します。
SN1反応は、最初のハロゲン化物イオンが脱離する段階が反応速度に影響します。
いわゆる律速段階ですね。
SN1反応の「1」は、この一分子(ハロゲン化アルキル)のみが律速段階に関与していることを意味しています。
ハロゲン化アルキルを用いたSN1反応の反応速度は、下記の式で表されます(kは反応速度定数)。
反応速度 = k [ハロゲン化アルキル]
この式が示すように、求核剤の濃度は反応速度に関与しません。
ハロゲン化物イオンの脱離さえ起これば、生じた不安定なカルボカチオン中間体が、すぐに求核剤と反応してくれるわけです。
また、SN2反応とSN1反応の反応式を見比べてみると、SN2反応は1段階、SN1反応は2段階の反応であることが分かると思います。
このこともポイントの一つです。
さて、問題に示されているポテンシャルエネルギー図を確認していきましょう。
どちらがSN2反応で、どちらがSN1反応の図なのでしょうか?
まずは図Aを見てみましょう。
図Aの反応には、極大点aが存在します。
この極大点aは、ある反応の1段階において最大のエネルギー値をもった「遷移状態」です。
図Aにおいて、遷移状態はこの1つだけであり、こちらは1段階の反応であることが分かります。
1段階の反応はSN2反応でしたよね。
というわけで、図Aの反応はSN2反応です。
一方、図Bの反応は、1つ目の遷移状態を経由した後で、安定した極小に達しています(極少点b)。
極小点は、中間体が生成していることを示しています。
SN1反応では、カルボカチオン中間体を生じるという話でした。
したがって、図Bの反応はSN1反応です。
ポテンシャルエネルギー図の詳細が分かったところで、選択肢の記述を見ていきましょう。
【1】×
反応物がもつ自由エネルギーと、生成物がもつ自由エネルギーに着目しましょう。
生成物のほうが低い自由エネルギーをもつ場合は、発エルゴン反応です。
逆に、生成物のほうが高い自由エネルギーをもつ場合は、吸エルゴン反応です。
下図の左側が発エルゴン反応、右側が吸エルゴン反応です。
図Aの反応は発エルゴン反応なので、選択肢の記述は間違いです。
【2】×
二分子反応とは、例えば、2つの反応物が1段階で相互作用するメカニズムの反応のことをいいます(最も簡単な例です)。
ちなみに、今回の反応は求核置換反応なので、とくに『二分子求核置換反応(biomolecular nucleophilic substitution)』と言います。
じつは、これをSN2反応と呼んでいます(substitution(置換)、nucleophilic(求核的)、2 → bimoecular(二分子))。
Bの反応はSN1反応なので、二分子反応ではありません。
したがって、この選択肢の記述は間違いです。
SN1反応は、ただ一つの分子(ハロゲン化アルキル)が律速段階である『一分子求核置換反応(unimolecular nucleophilic substitution)』のことです。
【3】○
SN2反応では、ハロゲン化アルキルの置換基の嵩高さの影響を受けて、求核剤が接近しづらくなります。
その様子を下図に示しました。
立体障害の影響により遷移状態のエネルギーが高くなり、出発物質とのエネルギー差である「活性化エネルギー(エネルギーI)」も高くなります。
これは、SN2反応が進行するために超えなくてはならないエネルギーの障壁が高くなることを意味します。
以上のことから、選択肢3の記述は正しいです。
【4】×
選択肢2の解説で述べたとおり、律速段階は臭化物イオンの脱離の段階です。
図Bで考えると、スタートからbに至るまでの段階が律速段階です。
そのため、この選択肢の記述は間違いです。
bからcの段階は、不安定なカルボカチオンに求核剤が反応するだけなので、最初の段階と比べるとエネルギーを必要としません。
下図のエネルギーIIとエネルギーIIIを比較してみましょう。
【5】×
2-ブロモブタンの構造を書き出してみると、確かに不斉炭素原子をもっており、キラルな化合物であることが分かります。
この一方のエナンチオマー、例えばR体が反応したとすると、Aの反応(SN2反応)において、極大値aでは下図のような遷移状態aをとり、生成物の炭素原子の立体配置は反転します(Walden反転)。
1段階の反応の間で、求核剤が脱離基とは反対側から炭素原子に接近し、置換するためです。
ラセミ体は生成しないため、この選択肢の記述は間違いです。
なお、選択肢の「ラセミ混合物」という用語は、「ラセミ体」と同じ意味で用いられています。
前回の記事(第105回 問102)でも説明しましたが、結晶化しているラセミ体について考える際には、「ラセミ混合物」という用語は特別な意味をもちます。
よく一緒に用いられる「ラセミ化合物」とともに、その意味を載せておきます。
各々のエナンチオマーをR体、S体として説明します。
ラセミ混合物……R体はR体だけで、S体はS体だけで個々に結晶をつくる
ラセミ化合物……単位格子中にR体とS体が1対1の割合で存在する
今回の問題のように、結晶化している化合物を指しているのかどうか不明なさいには、混乱を避けるために、私は「ラセミ体」という用語を使うようにしています。
さて、SN1反応の場合は、ハロゲン化アルキルの立体配置はどうなるでしょうか?
(R)-2-ブロモブタンを反応物として、仮にSN1反応が起こった場合を想定しましょう。
SN1反応は2段階の反応であり、下図のように中間体として平面構造をもつカルボンカチオンが生じます。
このカルボカチオン中間体の両側から求核剤が反応するため、ラセミ体が生成します。
以上のことから、この問題の正解は【3】でした。
SN1反応とSN2反応の特徴を、ポテンシャルエネルギー図とともに、復習しておきましょう。
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興味のある方は是非どうぞ↓
問題の出典: 厚生労働省ホームページ
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198922.html)