【薬剤師国家試験 第105回 問102】合成問題の攻略法とは
今回は、合成経路の問題を解いていきましょう。
アルケンAへの付加反応が2通り書かれています。
選択肢を見てみると、反応の形式や生成物の立体化学について考える必要があることが分かります。
こういった合成経路が示された問題を解くさいには、一つ一つの段階で何が起こって何が生成するのかを考えていくことが、ミスなく正解にたどり着けるコツです。
丸暗記に頼らず、反応機構をしっかりと書けるようにしておきましょう。
まずは問題の上側の合成経路について解説します。
アルケンAから中間体Bを経由し、アルコールCができる反応です。
アルケンをBH3(ボラン)と反応させてから、塩基性条件下でH2O2(過酸化水素)と反応させる一連の流れは、ヒドロホウ素化(ハイドロボレーション)からの酸化反応ですよね。
アルケンからアルコールを合成する方法で、いわゆる逆Markovnikov型付加の反応です。
下に、BH3を使う段階の反応機構を示しました。
この段階には、重要な点が2つあります。
まず1つ目のポイントは、アルケンAとBH3の反応は、一段階のシン付加で進行するということです。
遷移状態Ⅰの図は平面的に書いてありますが、実際はボランが紙面の手前側から反応するパターンと、向こう側から反応するパターンの2種類があります。
その割合は1:1です。
そのようにして反応が進行した結果、生成するBは、B-1とB-2の2種類の立体異性体が1:1の比率で混ざり合っているものになります。
B-1とB-2は、互いにエナンチオマー(鏡像異性体)の関係にあるため、特別な手法を用いない限り分離することができません。
もう1つのポイントは、この反応の位置選択性についてです。
なぜ逆Markovnikov型付加するのでしょうか?
要因の一つとして、立体障害の影響があります。
遷移状態IIのように、アルケンAのメチル基と、BH3のホウ素原子側が近づいてしまうと、立体的に混み合ってしまいます。
そのため、遷移状態IIではなく、遷移状態Iが優先され、位置選択的な反応が起こるというわけです。
なお、ヒドロホウ素化は、同様の反応が最大2回(計3回)、起こり得ます。
中間体B-1とB-2を見れば分かるように、生成物には水素原子が結合したホウ素原子の構造(B–H)が残っているため、さらにヒドロホウ素化が起こる可能性があるのです。
これは、必ず計3回起こるわけではありません。
立体的に空いているアルケンであれば、最大で計3回起こるというだけで、実際に何回起こるのかはアルケンの嵩高さによります。
例えば、次に示すアルケンは立体的に混み合っていて、ヒドロホウ素化が1回や2回で止まることが分かっています。
次に、H2O2を使う段階について解説します。
下図には、一方のエナンチオマーであるB-1を用いて反応機構の詳細を記載しました。
アルケンAを反応物とした場合、計何回ヒドロホウ素化が起こっているのかは不明なので、不明な部分の構造は省略して書いてあります(B-1')。
塩基性条件下、脱プロトン化された過酸化水素がB-1'と反応すると、下記のような転位反応が起こります。
その後、塩基性条件下での加水分解が起こり、アルコールC-1が生成します。
B-2はB-1のエナンチオマーなので、もちろん同様のメカニズムで、反応が進行します。
下図の最下段に示したように、B-2からは対応する立体配置をもつC-2が生成します。
生成物Cは、これらC-1とC-2が1:1の比率で混じり合っているラセミ体です。
この1:1という比率は、上で述べたように、BH3がアルケンAの手前側と向こう側から1:1の割合で接近したことに起因しています。
続いて、問題の下側に書いてある合成経路を見てみましょう。
酸性水溶液中で加熱する条件ですね。
硫酸は強い酸であるため、まずはプロトンが反応することを考えましょう。
プロトンは、アルケンAの二重結合に付加します。
二重結合を形成している炭素原子のどちらに水素原子が結合するのか、ここでも位置選択性が問われています。
カルボカチオンが生じるため、このカルボカチオン中間体が安定化するほうが優先的に生成します。
第三級と第二級のカルボカチオンなので、安定性が高いのは第三級のほうです。
つまり、この反応ではMarkovnikov型付加が起こっています。
この中間体が水分子と反応すると、第三級アルコールDが生成します。
それでは、以上のことを踏まえて選択肢を見ていきましょう。
【1】×
上で述べたように、ヒドロホウ素化はsyn付加です。
【2】○
(過酸化水素の酸素の酸化数= −1 → 水酸化物イオンの酸素の酸化数= −2)
逆に、アルケンAは酸化されたことになるため、酸化反応です。
【3】○
上で述べたようにアルコールCは、C-1とC-2が1:1の割合で混ざっているラセミ体です。
選択肢の「ラセミ混合物」という用語は「ラセミ体」と同じ意味で用いられています。
ちなみに、結晶化しているラセミ体について考えるさいには、「ラセミ混合物」という用語は特別な意味をもちます。
よく一緒に用いられる「ラセミ化合物」とともに、その意味を載せておきます。
各々のエナンチオマーをR体、S体として説明します。
ラセミ混合物……R体はR体だけで、S体はS体だけで個々に結晶をつくる
ラセミ化合物……単位格子中にR体とS体が1対1の割合で存在する
今回の問題のように、結晶化している化合物を指しているのかどうか不明なさいには、混乱を避けるために、私は「ラセミ体」という用語を使うようにしています。
【4】×
アルコールCとDがもつ水酸基(もしくはメチル基)は、結合している炭素原子が異なります。
このように、分子式は同じだけど置換基の位置が異なっていたり、他にも骨格や官能基が異なっていたりする異性体は、「構造異性体」に分類されるためジアステレオマーではありません。
ジアステレオマーやエナンチオマーは、分子式が同じだけど、分子内の原子の空間的な配列だけが異なる「立体異性体」に分類されます。
【5】×
アルコールDはメソ体ではありません。
メソ体とは、不斉炭素原子などのキラル中心(PやSiも含む)をもつにもかかわらず、分子内に対称面があるため、アキラルな化合物のことです。
有名な例だと、次に示す右端の酒石酸がメソ体ですね。
2つの不斉炭素原子をもつにもかかわらず、分子内に対称面をもつため、アキラルな化合物になるのです。
アルコールDは、メソ体と同様にアキラルな化合物であることは間違いないのですが、そもそも不斉炭素原子がないのでメソ体ではありません。
不斉炭素原子がないことを見抜き、すぐにこの記述が間違いだと気づけるようにしましょう。
というわけで、正解は【2】と【3】でした。
合成経路の問題は、時間が掛かってしまうかもしれませんが、できるだけ詳細まで反応機構や化合物の立体配置を書き出して考えたほうが正解につながります。
選択肢を読んで必要なところだけを考えて解くと、思わぬ見落としによって、失点してしまうかもしれません。
しっかりと書き出して、何が起こっているのか、その結果、何ができるのかを詳細まで明らかにしましょう。
他にも、過去にヒドロホウ素化を扱った問題が出題されているので、ぜひ解いてみてくださいね。
chemist-programming.hatenablog.jp
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興味のある方は是非どうぞ↓
問題の出典: 厚生労働省ホームページ
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198922.html)