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知っておくべき酵素による緻密な加水分解【薬剤師国家試験 第105回 問106】

 第105回薬剤師国家試験の問106では、加水分解酵素に関する問題が出題されました。

 まずは反応機構について詳しく見ていきましょう。

 アセチルコリンエステラーゼ(AChE)が引き起こす化学反応によってアセチルコリンエステル結合が切断されます。

 この反応に大きく関わるアミノ酸残基は、ヒスチジン(His)、グルタミン酸(Glu)、セリン(Ser)残基です。

 メカニズムの詳細を次に示しました。

 ①……グルタミン酸残基とヒスチジン残基が相互作用しています。

 巻き矢印を追って見ていきましょう。

 ヒスチジン残基中のイミダゾリル基は、塩基としてセリン残基に働きます。

 この影響によって、セリン残基のヒドロキシ基の求核性が高まり、アセチルコリンのカルボニル炭素に求核攻撃することが可能になります。

 

 ②……アセチルコリンのカルボニル炭素とセリン残基の酸素原子が結合し、セリン残基のプロトンヒスチジン残基に移りました。

 ここで、グルタミン酸残基の負電荷は、プロトン化されたイミダゾリル基の正電荷を安定化させています。

 つまり、イミダゾリル基がセリンからプロトンを奪いやすくしていたのです。

 さらに言い換えると、グルタミン酸残基とイミダゾリル基の間に働く相互作用は、イミダゾリル基の塩基性を高める効果があるわけです。

 

 ③……エステル結合が切断される過程で、ヒスチジン残基に残っていたプロトンは、コリンの酸素原子に移ります。

 この後、生体内の水分子が求核攻撃し、エステル化(アセチル化)されたセリン残基が速やかに加水分解されます(ミリ秒程度)。

 その結果、アセチル基由来の酢酸が生じるとともに、セリン残基は元どおり(R-OH)になります。 

 このような過程を経て、アセチルコリンエステル結合が切断され、酢酸とコリンが生じるわけです。

 それでは、各設問を見ていきましょう。

 

【1】◯

 ②で説明したとおり、グルタミン酸残基の負電荷によって、イミダゾリル基の塩基性が高められています。

 そのため、この選択肢の記述は正しいです。

 

【2】×

 ①で示したように、グルタミン酸残基と相互作用しているイミダゾリル基が塩基として働き、セリン残基のヒドロキシ基の求核性を高めています。 

 したがって、この選択肢の記述は間違いです。

 

【3】×

 酵素と基質の相互作用には、いくつかのパターンがあります。

 ヒドロキシ基やアミノ基などの間で生じる「水素結合」や、カルボキシラートイオンとアンモニウムイオンとの間で生じる「イオン結合(塩橋)」の他、フェニル基のような疎水性の置換基と酵素の疎水性ポケットとの相互作用が知られています。

 設問ではイオン結合があるかどうか問われています。

 アセチルコリンが正電荷をもつため、イオン結合が形成されるためにはトリプトファン残基が負電荷をもっていないと成り立ちません。

 下に示したように、トリプトファン残基は負電荷を帯びていないため、イオン結合は形成しません。

 よって、【3】の記述は間違いです。

 

【4】×

 化合物Aは、可逆的コリンエステラーゼ阻害薬であるネオスチグミン(臭化物)です。

 重症筋無力症などに用いられます。

 セリン残基がカルボニル炭素に求核攻撃し、AChEはアミド化(カルバモイル化とも呼ばれる)されます。

 アミド化されたAChEはゆっくり加水分解され、酵素活性は時間経過とともに回復します。

 このアミド化は可逆的であるため、【4】の記述は間違いです。

【5】◯

 化合物Bは、非可逆的コリンエステラーゼ阻害薬であるサリンです。

 セリン残基がサリンのリン原子を攻撃し、フッ素原子がフッ化物イオンとして脱離します。

 リン酸化されたAChEが加水分解されるには非常に長い時間がかかり、新たな酵素が産生されるまで酵素活性が回復しません。

 AChEは非可逆的(不可逆的)に阻害されるため、【5】の記述は正しいです。 

 というわけで、正しい記述は【1】と【5】でした。

 【4】と【5】を解くためには、薬理学の知識も必要だったと思います。

 最後に、この辺りのことをもう少し詳しくお話しておきましょう。

 可逆的コリンエステラーゼ阻害薬はネオスチグミンの他、認知症治療薬の「リバスチグミン」も同様で、やはり『R2N―CO―O―R』の構造をもつカルバメートです。

 また、非可逆的コリンエステラーゼ阻害薬はサリンの他にも殺虫剤の成分「パラチオン」があります(やはりリン原子をもち、脱離基はp-ニトロフェノキシ基です)。

 サリンやパラチオンには「プラリドキシム(pralidoxime, PAM)」が解毒薬として働きます。

 プラリドキシムのヒドロキシ基が、リン酸化されたAChEのリン原子を攻撃し、セリン残基のヒドロキシ基が復活します。

 コリンエステラーゼ阻害薬の構造を見て、『R2N―CO―O―R』の構造をもつカルバメートなのか、脱離基が直接結合しているリン原子をもつ化合物なのかで、可逆的なのか非可逆的(不可逆的)なのかを判断できるようにしておきましょう。

 

 なお、第103回の試験では、タンパク質の加水分解酵素であるキモトリプシンの問題が出題されていますので、こちらの記事も是非どうぞ↓

【薬剤師国家試験 第103回 問105】酵素と基質の相互作用について考えよう - 薬学部の勉強を応援するブログ

 

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 問題の出典: 厚生労働省ホームページ

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198922.html