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【薬剤師国家試験 第104回 問106】NMRの問題を解くときは構造を省略せずに書こう

 問106は、NMRの問題です。 

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 問題文に記載されている示性式のような構造を見ながら解いていくと、分かりにくくて間違えるリスクが高いです。

 まずは化合物を構造式に書き直しましょう。

 このとき、Hを省略したり、メチル基を「Me」にしたりせずに、構造がはっきりと分かるように書きましょう。

 問題文からは、E体とZ体のどちらかは判断できません(桂皮酸がE体であると知っているのであれば話は別ですが)。

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【1】……1 ppm付近にあるのは、たいてい飽和炭化水素の部分(アルキル基)ですね。

 しかも、電子求引性基や電子供与性基が直接置換していない部分です。

 問題の構造式を見てみると、2つのメチル基がこのピークに相当することが分かります。

 隣の炭素に水素が1つ置換していますので、n+1個、つまり2つに割れます(二重線)。

 2つのメチル基は等価であり、同じ位置に検出されるため6H分です。*1

 以上のように、1.3 ppm付近のピークは6H分の二重線なので、【1】の記述は×です。

 

【2】……5.2 ppm付近のピークは五重線として記録されていますよね。

 共役系がつながっているからか、随分と低磁場シフトしていますが、割れ方からして、オレフィンの水素ではなくメチン水素でしょう。

 この化合物のオレフィン水素のピークは、基本的には2つに割れるはずであり、五重線になることはありません。

 それに対し、イソプロピル基のメチン水素のピークは、両隣のメチル基の影響で対称的に数多く割れるはずですからね。

 理論的にはn+1で七重線です。

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 このピークは(pdfファイルを拡大しても)五重線に見えるのですが、理論的には七重線です。

 この設問は保留にしておきましょう。

 

【3】……二置換オレフィンにおいて、結合定数が6〜12 HzであればZ体、14〜18 HzであればE体です。

 この記述は明らかに○です。

 

【4】……この辺りの複雑なピークは芳香環の水素のものですね。

 一置換のベンゼンなので、芳香環の水素は全部で5H分あるはずです。

 もっとも低磁場のところにあるピークは、(基本的には)シャープな二重線ですので、芳香環の水素ではなさそうです。

 ベンゼン環のHのピークは下に示した結合定数に従って割れるので、シャープな二重線にはなりませんよね(後述するように、低磁場側のオレフィン水素のピークは、ベンゼン環の水素とのスピン結合もありそうですが)。

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 面積的に偏っていることから積分値を判断するようですね。

 2つの複雑な形をしたピークは、おおよそ2Hと3H分でしょうか? 

 問題で指し示しているのは面積が小さい側のピークなので、2H分でしょう。

 したがって、【4】の設問は×ですね。

 積分記号がないので、ピークの大きさから面積を判断するようですね。

 

【5】……最も低磁場のピークが、問題の化合物のどのHなのかを考えてみましょう。

 オレフィン水素の一方が、まだ登場していないですよね。

 最も低磁場のピークは、この水素の1H分です。

 よく見てみると、シャープな二重線ではなく、さらに小さく割れていますよね。

 これは、芳香環とのスピン結合だと思います(下図で赤く示したところ)。

 このように、4本分の結合が離れている原子ともスピン結合するのですが、その値は小さく、0のときもあります。

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 最も低磁場にあるピークが、本当にオレフィン水素のものなのか? 少々複雑なのでベンゼン環の水素のものではないのか?……と、思ってしまうので、問題の難易度を上げていますよね。

 ちなみに、このオレフィン水素が非常に低磁場シフトしていることも、間違えてしまう要因になっていますよね。

 フェニル基が隣にあることに加えて、オレフィンを挟んで共役しているカルボニル基の影響も受けて、低磁場にシフトしているのでしょう。

 【5】も×です。

 

 以上のことから、問106の正解は【3】です。

【2】は○か×か判断できなかったのですが、【3】が明らかに○なので、×なのでしょう。

 生チャートのピークがどう見えるかというよりは、理論的には何重線で検出されますか?……と聞いている問題だったようです。 

 【2】の設問だけでなく、問106は全体的に難問でしたね。

 積分記号がなく、相対的なプロトン数が把握しづらいです。

 ベンゼン環〜オレフィン〜カルボニル基の共役系の影響で、ケミカルシフトの値がオーソドックスな値からズレていることも難問になっている要因です。

 有機系の研究室でNMRチャートに慣れていないと難しいと思います(実際に、この問題は正答率が低いようですね)。

 

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問題の出典: 厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198921.html

*1:ちなみに、分子内に不斉炭素原子があると、非等価に(別々のピークとして)検出されます。