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【薬剤師国家試験 第104回 問209】プロドラッグが生体内でどのように変換されるのかを考えよう

 プラスグレルという医薬品の代謝経路に関する問題ですね。

 問題文から、この医薬品はプロドラッグであることが分かります。

 スキームを見てみると、三段階の変換を経て活性代謝物になるようです。

 それでは、各段階で何が起こっているのか確認していきましょう。

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f:id:chemist-programming:20200204164302p:plain  最初の段階では、プラスグレルのアセチル基が除去され、代謝Aに変換されていますね。

 生体内でエステルが加水分解される場合、「エステラーゼ」という酵素が働いている可能性が高いでしょう。

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 ちなみに、油脂は生体内で「リパーゼ」という酵素によって加水分解されるんでしたよね。

 本質的にはこの反応と同じことです。

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 続いて、チオフェンの骨格が変換され、代謝AからBが生じています。

 水酸基がカルボニル基に変わっており、一見するとAが酸化されたように見えますが、巻き矢印を書いてみると互変異性体であることが分かります。

 互変異性化は酸化剤や還元剤を必要としないので、酸化反応でも還元反応でもありません。

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 最後の段階では、カルボニル基の炭素原子と硫黄原子をつなぐ結合が切断されていますね。

 代謝Bと活性代謝Cを見比べてみましょう。

結合が切断されるのと同時に、硫黄原子にHが、カルボニル基にOHがくっついています。

 したがって、この段階は加水分解です。

 生体内でこのような工程を経て、活性をもつ化合物に変換されるわけです。

 それでは、各設問を見ていきましょう。

 

【1】……「チエノピリジン系医薬品」かどうかを聞かれています。

 「ピリジン」の構造を下に示しました。        

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 この構造は、プラスグレルに含まれていますよね。

 芳香環ではありませんが、六員環であることと、六角形を構成する原子の1つが窒素原子であることが同じです。

 「チエノ」はいかにも硫黄が入ってそうです(チエノ = thieno = thio(硫黄を表す) + ene(二重結合)?)。

 しかしながら、先述のとおりプラスグレルの窒素原子を含む六員環は芳香化していません(二重結合が2つありません)。

 そのため、もしかしたら「テトラヒドロチエノピリジン系医薬品」かもしれませんね。

 【1】の設問は、保留にしておきましょう。

 

【2】……「プロテアーゼ」はペプチド結合(アミド結合)を切断する酵素です。

 酵素の名前(プロテアーゼ→プロテイン)から、タンパク質と関係があることが伺えますよね。

 この記述は×です。

 上記のとおり、この段階は「エステラーゼ」が働くのでしょう。

 

【3】……上記の説明のとおり、この段階は互変異性化です。

 互変異性体ですので、○です。

 

【4】……代謝Bにジアステレオマーが存在するかどうか聞かれています。

 ある化合物にジアステレオマーが存在するかどうか確認する際は、不斉炭素原子が2個以上あるのかどうか確認しましょう。*1

 図に示した位置に2つの不斉炭素原子が存在しますので、○です。        

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 ただし、対称構造をもつ化合物の場合は「メソ体」が存在する可能性もありますので、ご注意ください(メソ体については、第104回の問207、選択肢【5】を参考にしてください)。

 

【5】……医薬品の構造から、活性が発現するメカニズムを推測する問題のようです。

 ご存知のとおり医薬品は、低分子が受容体や酵素と相互作用したり、DNAにインターカレーションしたりして活性が生じるわけですよね。

 この設問は、活性代謝物Cと標的タンパク質が共有結合するのかどうかを聞いています。

 タンパク質の構造の中で、医薬品と共有結合する官能基(アミノ酸残基)として知られているのが、メルカプト基(–SH、システイン残基)です。

 この官能基は、別の分子のメルカプト基とジスルフィド結合(-S–S-)を形成します。

この際には酸化剤を必要とし、 還元剤が作用すると元どおりになります。 

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 パーマをかける際に、髪の毛のタンパク質(ケラチン)のジスルフィド結合を一度切り(1液、還元剤)、再び結合させる(2液、酸化剤)話は有名ですよね。

 そのため、メルカプト基をもつプラスグレルは、標的タンパク質と共有結合を形成してもおかしくはありません。

 ただし、メルカプト基をもつからといって、共有結合を形成するとは限らないので、この設問は保留にしておきます。

 各設問を通してみると、【2】のプロテアーゼの記述が明らかに×なので、正解するのは簡単ですね。

 ということは、【1】 と【5】は◯だったんですね。

 

 余談ではありますが、タンパク質と共有結合を形成することにより活性を発現する医薬品といえば、エノン構造をもつ「アファチニブ」も有名ですよね。

 EGFR(上皮成長因子受容体)のシステイン残基が反応し、共有結合を形成します(1,4-付加 or Michael付加)。

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問題の出典: 厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198921.html

*1:不斉炭素原子以外にも、軸不斉やキラルスルホキシドをもつ化合物の場合は、それらもカウントします。